鹿児島地方裁判所 昭和55年(行ウ)7号 判決 1985年3月22日
原告
藤後惣兵衛
外六〇名
右原告ら訴訟代理人
小堀清直
亀田徳一郎
蔵元淳
増田博
保沢末良
井之脇寿一
樋高学
鍬田万喜雄
成見幸子
成見正毅
吉田孝美
岡村正淳
柴田圭一
安東正美
西田収
馬奈木昭雄
稲村晴夫
矢野競
真早流踏雄
後藤好成
被告
志布志港港湾管理者の長
鹿児島県知事
鎌田要人
右指定代理人
森脇勝
外一六名
主文
一 本件訴をいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告が訴外鹿児島県に対し昭和五五年六月一九日なした別紙埋立区域(一)記載の公有水面の埋立を免許する旨の処分を取消す。
2 被告が訴外第四港湾建設局に対し昭和五五年六月一九日なした別紙埋立区域(二)記載の埋立を承認する旨の処分を取消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
(本案前の申立)
主文と同旨の判決。
(本案についての申立)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは志布志湾内で漁業を営んでいる者若しくは同湾沿岸に居住する者であり、いずれも前記第一の一の1、2記載の各処分に基づく埋立により重大な被害を受ける者である。
2 訴外鹿児島県は、昭和五四年三月三〇日運輸大臣公示にかかる志布志港港湾計画に従つて同港湾を拡張するため、同年一一月二二日被告に対し別紙埋立区域(一)記載の公有水面の埋立の免許の出願をし、被告は、昭和五五年六月一九日同埋立を免許する旨の処分をした。
また、訴外第四港湾建設局は、沖縄県を除く九州各県及び山口県内の港湾に関する国の直轄土木工事の施行等を行う運輸省の地方支分部局であるが、昭和五四年一一月二六日公有水面埋立法四二条一項に基づき被告に対し、別紙埋立区域(二)記載の水面につき、前記港湾計画の埠頭用地造成のための埋立の承認を求め、被告は、昭和五五年六月一九日同埋立を承認する旨の処分をした(以下この二個の処分を「本件各処分」という。)。
3 本件各処分には、次のような違法事由がある。
(一) 適正な環境影響評価の欠如
(1) 公有水面埋立法は、免許権者及び承認権者に対し出願にかかる埋立計画が環境保全及び災害防止につき十分配慮されたものでなければ免許ないし承認を与えることを明文をもつて禁止し(同法四条一項二号、四二条三項)、その判定資料として、埋立免許及び承認の出願にあたり、願書に環境保全に関し講じた措置を記載した図書の添付を同法施行規則とあわせて義務づけている(同法二条三項五号、四条二項、同法施行規則三条八号)。
右各規定の趣旨は、近年地域開発に伴う深刻な自然環境と住民生活破壊が多発し重大な社会問題化したことに対する反省から、公有水面埋立免許及び承認出願の審査にあたりその埋立が環境に及ぼす多様な影響を事前に予測評価することにより(以下「環境アセスメント」という。)、環境汚染と破壊を未然に防止しようとするものである。
したがつて、仮に環境アセスメントが実施されたとしても、不完全なそれに基づいて埋立の免許ないし承認をすることは許されない。
(2) それでは、いかなる環境アセスメントがなされるべきであるか。
我国においては、未だ環境影響評価のための一般的な根拠法は制定されておらず、また公有水面埋立法、港湾法やそれらの施行規則においてもこのことに関する規定は存在しない。
しかし、開発にさきだち環境アセスメントを要求する趣旨が前記の如きものである以上、
(イ) 調査や評価の方法内容が科学的であること、
(ロ) これを実質的に担保するため環境アセスメント実施に住民参加を認めかつ資料を公開すること、
(ハ) 環境アセスメントの審査は関係行政機関だけでなく、専門家や住民を含めた公平な第三者機関によること、
(ニ) 環境アセスメントの結果、環境への影響が無視しえないものと判明した場合計画が抜本的に変更ないし中止ができること、
など環境保全優先の原則に立つた保障がなされていてはじめて環境アセスメントの名に値するものである。
(3) しかるに、本件環境アセスメントにおいては、
(イ) 環境保全のための科学的調査と評価がなされていない。一、二の例をあげると次のとおりである。
(a) 港湾浚渫工事においてはこれにより発生する濁りを予測することが重要であり、このため濁りの主成分である粘土やシルトが工事施行海域にどの程度存在するかを採泥調査しなければならない。しかし、鹿児島県が採泥した地点のほとんどは岩壁及び埋立地の安全性確保を目的として行つたボーリング調査箇所(岩壁建設予定線上に並んでいる)であり浚渫海域から発生が予測される濁りを見積るには不備な地点である。しかも、粒度分析に用いられた層は浚渫工事の進展につれて変化する濁りの発生量又は粘土、シルトの全量を見積るには部分的でしかない。これらのことは、環境アセスメント施工者が工事の完成には慎重であるが、海の濁り防止のためには意欲を有せず不完全な調査しか行つていないことを示している。
(b) 一般に砂浜海岸で何らかの人工的施策を施せば海岸は必ず変形する。特に、本件港湾計画のように構造物を沖に向けて突出するような場合は、汀線沿いの漂砂の移動が構造物によつて遮断されるため、海岸変形も顕著となる。したがつて、このための影響評価を行うことは常識であり、時間的にはかなり長期の、空間的にはできるだけ広範囲のデーターを集積して現況と湾内性状を十分把握した上で波、流れ、漂砂などの変動から海岸変形への予測を行わなければならない。ところが、本件環境アセスメントにあつては、海岸地形についての記述は湾口幅と奥行長、砂浜の長さ、海底勾配を記入しただけである。また、汀線変化については、昭和二二年、昭和三八年、昭和四〇年の三回の汀線変化図と若浜地区で三か所の沖向き縦断図を示しているにすぎない。
しかるに、鹿児島県は以上の資料だけで、即ち波も流れもわからず、漂砂の調査もせず、深浅測量図もなく、わずかな汀線の変化圏だけで湾内全域の海岸変形を論じ、結果はすべて安全であると結論しているのである。
(ロ) 作成過程における住民参加は全く保障されず、資料の公表もなくすべて鹿児島県当局によつて住民に秘密裡に実施され、その縦覧も鹿児島県港湾課、同県港湾事務所及び志布志町役場における三週間に限られ、住民の意見は全く取り上げられなかつた。
中央公害対策審議会環境影響小委員会が中間報告した「環境影響評価の運用上の指針」は「環境影響評価の科学的裏付けを充実する観点から、広く関連する全ての分野から環境に関する専門的知識のほか、住民が日常生活や仕事の面で経験したり観察したりしていることについてもこれを十分把握するよう留意しなければならない。」としているが、本件環境アセスメントはこれをも蹂躙するものである。
(ハ) 隣りの宮崎県域への影響が全く無視できない以上、同県や串間市などと協力して同県側への影響評価をなすべきであるにもかかわらず、これが全然なされていない。
(ニ) 鹿児島県知事は、本件埋立の免許出願者鹿児島県の代表者であると同時に免許権者であるが故に、自ら準備し提出した環境アセスメントを自身が審査することになり、その審査は有名無実であつて開発推進の免罪符の役割をもつものである。
(4) 以上のとおり、本件環境アセスメントは手続的にも内容的にも重大な瑕疵を有し、志布志湾埋立可否の判断資料とは到底なりえないものであるにもかかわらず、被告はこれをそのまま採用して本件各処分を行つたものであるから違法である。
(二) 本件各処分には、災害防止配慮義務違反の瑕疵がある。
(1) 第四港湾建設局は、昭和四九年三月策定した志布志地域開発計画調査報告書のなかで概略次のように指摘している。
(イ) 志布志湾は地形上東方外洋に向けて開いた水深の深い湾である。このため外洋で発達した波力、はるか遠方に発生波のあるうねりが直接浸入し、水深が深いためあまり減衰せず浸入することになる。したがつて、台風時の避難錨地としては使用できない。
(ロ) しかるに、地理上近くに適当な避難港又は避難場所がなく、最も近い諸港湾まで一三〇海里の距離がある。したがつて、約七二時間前に台風の動向を判断し、避難の要否を決定する必要がある。
(ハ) 波高・沖波・風力等の関係から年に一〇〇日以上に上る稼動(ママ)不能、少なくとも稼動(ママ)困難の日があるから留意すべきである。
(2) しかしながら、現代の科学水準では約七二時間前に台風の針路や動向を正確に把握することは絶対不可能であり、志布志港湾内の船舶が台風襲来を予知して避難することはできないのである。台風時に避難もできず、しかも年間一〇〇日間も荷役が不可能ないし困難である港は重要港湾の名に値しない欠陥港であり拡張すべきではない。
のみならず、志布志湾拡張後の危険物を満載した船舶も含む大小船舶の幅輳を考慮するならば、災害及びこれによる甚大な被害発生の危険性が極めて大であるにもかかわらずその災害防止につき十分配慮がなされていない。
右のように、本件各処分に基づく志布志湾拡張は大災害をもたらす危険があるから本件各処分は違法である。
(三) 公益性の欠如
(1) 公有水面埋立法四条一項一号、四二条三項は、埋立が国土利用上適正かつ合理的でなければ埋立の免許及び承認をすることを禁じている。
(2) しかし、本件改訂された港湾計画及びこれに伴う港湾施設等の拡大は、志布志湾埋立と石油企業誘致を中核とする新大隅開発計画の一環としてなされるのであるが、このような巨大開発は国土の適正かつ合理的な利用に資することにはならないのである。
右事実は、新大隅開発計画の卑近な先例即ち新全総に基づく巨大工業基地建設の国家的要請に応じて実施された北海道・苫小牧東部、青森むつ小川原の開発の現状をみればきわめて明瞭である。
苫小牧東部開発は、北海道政の「産業構造と社会生活構造の革新」を他地域に先がけて実現するとした「第三期道総合開発計画」の中心事業としてとりくまれ、一万三〇〇〇ヘクタールの重化学コンビナート、年間出荷額三兆三〇〇〇億円、雇用人員五万人をめざしたが、一〇〇〇億円近い巨額が投ぜられ八八〇〇ヘクタールの工業用地を確保したのに一〇年たつた今日、火力発電所用地以外立地の見込は全くない。
北海道当局も出費した苫東開発株式会社は五五〇億円の借入金をかかえ、今までに払つた利子だけでも一〇〇億円に達している。こうして苫小牧市は昭和五二年度末まで五〇〇億円、市民一人あたり三七万円もの累積負債をかかえた。
青森県当局がおしすすめた、むつ小川原開発も五〇〇〇ヘクタール、新規雇用一万六〇〇〇人の大コンビナートをめざしたが、現在立地企業は皆無である。国、県の出資しているむつ小川原開発会社はすでに六〇〇億円も投資し、金利負担だけがかさんでいる。
このような巨大開発だけではなく、後進県からの脱却を高度成長にかけて企業誘致のための産業基盤を先行的に整備した地域においても企業の進出計画の中止があいつぎ、巨額の県費をかけた工業用地や工業用水がむだになつている。通商産業省のごく控え目と思える調査でも全国の工業団地の売却中で売れていないものは七〇〇〇ヘクタール、造成中、未分譲分を含めると実に三万ヘクタールにも達する未利用地が遊んでいる。本県でも多額の公費等を費やして整備した谷山一号用地への石川島播磨重工業の進出の見通しさえついていないのもその一例である。
以上のとおり、石油企業中心の巨大開発政策、エネルギーの対外依存政策が日本経済にとつて危険かつ有害であることが先進開発地の現状によつても証明されている下で、石油企業中心の新大隅開発計画のため全国でも数少ない豊かで美しい自然環境を破壊せんとするのは、まさに国土の無駄な損壊であり断じて許し難い。
(3) 仮に百歩譲つて本件埋立が県当局の主張するように新大隅開発計画と無縁のものであるとするならば、鹿児島県の想定するような取扱貨物量の伸長は絶対に見込まれるものではないから、良好な自然環境を破壊して、そのうえに無用な巨大な港湾を造成する結果になるであろう。また、志布志港港湾計画にいう配合飼料、製粉、セメント加工などの工場立地については、これらはほとんどが外国経済に依拠したものであり、なんら地域経済と関連を有するものではありえない。今日わが国にとつて必要なことは、食糧やエネルギーの極端な海外依存や著しく重化学工業にかたよつた産業構造のゆがみを是正することである。特に、エネルギー産業の自主的総合的発展とともに農漁業を日本の産業の重要な基幹部分として再建し、農業の多面的発展、二百海里時代にふさわしい漁業の多面的発展により食糧自給率を向上させ、さらに地場産業、伝統産業、軽工業の拡大発展をはかり、これらの部門が最新の巨大産業と釣合がとれてともに発展するよう対策がすすめられなければならない。
しかし、新大隅開発計画は勿論志布志港港湾計画もかかる観点に逆行しており、志布志湾沿岸に居住する地域住民にとつても何ら益するところがないどころか、むしろ有害でさえある。それのみか志布志湾は前記のとおり外洋に面した欠陥港でもあるのである。
(4) したがつて、本件埋立は国土を適正かつ合理的に利用するものに該当しないから、公有水面埋立法四条一項一号違反の瑕疵を有し違法である。
(四) 本件各処分は、自然公園法に違背している。
志布志湾一帯は国立公園に準ずるすぐれた自然の風景地として日南海岸国定公園に指定され、国及び地方公共団体によつて自然環境保全の理念に基づいた保護と適正な利用が図られなければならないことになつている。
ところで、本件埋立は日南海岸国定公園のすぐれた自然環境に広域にわたつて重大な変更を加える新大隅開発計画の一部着工であるから、埋立を認める行政処分をするにあたつては自然公園法一一条二項、一条、二条の二の趣旨からして当然国定公園指定解除ないし区域変更の措置が先行されなければならないが、その措置がとられていない違法がある。
仮に新大隅開発計画と無関係であるとしても、本件埋立は改訂された港湾計画の実施であるところ、港湾計画全体をみると改訂前の港湾区域内には前川河口にそつた白砂部分の国定公園特別地域部分一二・八ヘクタールが存在し、今回の改訂によつて包含されることになつた港湾区域内にも埋立後背地の一一ヘクタールの特別地域が含まれており合算すると二〇ヘクタールを越える。また、埋立てられる海面は海岸から一キロメートルの範囲は国定公園普通地域である。このような広域の特別区域及び普通地域を最終的には変貌させる結果となる改訂港湾計画は自然公園法に違反しており、その実現のための本件各処分は自然公園法一一条に違反する。
(五) 本件各処分は、当該水面に近接する水域に漁業権を有する漁業協同組合の同意を経ていない重大な瑕疵を有する。
公有水面埋立法四条三項一号は免許の行為をなしうる場合の一つとして「其ノ公有水面ニ関シ権利ヲ有スル者埋立ニ同意シタルトキ」をあげ、同法五条はこれをうけて「公有水面ニ関シ権利ヲ有スル者」を列挙している。この中で漁業権者が同意権者のひとつとされているのは、漁業権者及び当該漁業権に基づいて操業している漁民が当該公有水面に関し重大な利害関係を有するためその存滅の選択を自然公物管理者の意思のみにかからせず、公有水面の現状の存続を選ぶかそれとも損失補償を受けて公有水面の一部又は全部滅失を認めるかの選択をその意思にかからしめ、もつて漁業権者や漁民を保護しようとするにある。したがつて、埋立予定の公有水面に近接する水域に被害が生ずると見込まれる場合には、権衡上も当然この近接公有水面の漁業権者は同意権者として取扱われるべきである。
原告らのうち別紙原告目録14ないし26記載の者は東串良町漁業協同組合に、別紙原告目録27ないし37記載の者は高山漁業協同組合にそれぞれ所属し、各漁業協同組合が漁業権を有する志布志湾内の公有水面において規則に基づいて操業をなし生活の糧を得ているものであるが、各漁場が埋立予定地に近いため本件各処分に基づいて埋立が実施せられるならば後述のとおり甚大な被害の発生が確実に予想され、同漁業協同組合等の有する漁業権及び原告ら各組合員の有する漁業を営む権利は重大な影響を受けるものである。しかるに、鹿児島県や第四港湾建設局はこれら漁業協同組合や漁民の意思を問うことなく本件免許ないし承認出願をし被告はこれを容認したもので、漁業者の生活と権利を無視するも甚だしいといわざるを得ない。
以上の理由により本件各処分は公有水面埋立法四条三項一号違反の瑕疵を有し違法である。
(六) 本件各処分は、原告らの漁業を営む権利を侵害するだけでなく、憲法二五条、一三条、自然環境保全法一条、二条等に定める自然環境を享受し健康で文化的な生活を営む環境権若しくは人格権を侵害するもので違法である。
(1) 漁業を営む権利の侵害
(イ) 工事中の被害
本件埋立工事では、周辺海域の海産土砂七七六万三〇〇〇立方メートルを浚渫掘削して埋立用材とし埋立地を造成することになつているが、埋立工事の場合懸濁物質(主に無機性)が流出し海域に濁りを必ず発生させる。この無機性の懸濁物質は通常、それ自身化学的に不活性で毒性を示さないが、水産生物の生息環境を物理的に悪化させ、極端な場合には致死的効果をもたらす。粒径の大きな土砂は沈降作用によつて堆積し、海底地形を変形させる。このことによつて底生生物の生息の場は破壊され、そこに生息する生物群集は駆逐され、その結果として餌料性無脊椎動物の供給が減少させられ、極端な場合には皆無となる。また沈着性卵を産む種では産卵床が土砂の堆積によつて失われ、再生産に影響を受ける。
無機性懸濁物質の発生は、太陽光線の水中への透過を阻害し、生産力(植物プランクトンの繁殖力=有機物の固定力)を低下させる。海水中での光の消散は、吸収と散乱の合計で決まり、水自体による光の吸収と懸濁物質による散乱の効果が最も大きく消散に作用する。極微細及び微細粒子が懸濁すると透明度を低下させる。水域における垂直的な生産層は透明度の約二倍の深度であり、この深さを通常補償深度といつており、この深度では生産と消費がバランスされてゼロとなる。この深度以浅では有機物生産が活発に行われ、以深では生産が行われない。即ち、懸濁物質の存在は、その量及び質によつても異なるが、太陽光線の透過を阻害し、植物プランクトンの繁殖を抑制する。また、懸濁物質の増加は水中の目視距離を低減させ、遊泳生物の索餌行動を限定させる。さらに、回遊魚の逃避行動をひきおこし、溯河魚の魚道を塞ぐ効果をもたらす。直接的な生理障害としては鰓の肥厚、癒合等の形態変化、擦れによる鰭腐れ(特に尾鰭の欠損とそれにつながる諸症状)が生ずる。若年魚ほどこのような影響を受けやすい。
しかるに、懸濁物質のうち五ミクロン以下の粒子はいつたん懸濁して海中に拡がつてしまつた場合、沈降速度と乱流拡散が釣合うと外部との交換にまたなければいつまでも濁りがつづき、漁業に与える悪影響は極めて大である。
(ロ) 工事後の被害
工事後も工事中発生した濁りの継続は当然予想される。加えて港湾拡張による海上交通の錯綜は漁船の操船の困難や危険、網の破損、魚類の離散など漁業への重大な支障を発生させる。立地企業が公害を発生させないという保障も全くない。海中の濁りによる浅海の破壊にさらに埋立地や突堤に相当する浅海が確実に消滅するという悪条件が重なる。
一般に浅海は水産資源の再生産に必要欠くべからざる産卵場及び藻場であるが、志布志湾は特にすぐれた産卵場である。本件工事はこの浅海を埋め立て消滅させ、また水産生物の食物連鎖の一環に組みこまれている干潟の生存条件を奪うのである(カタクチイワシの稚魚である上質チリメンジャコは冬場全国漁獲量の約半分を占めているがその産卵生育場は埋立により消滅する)。
志布志湾は肝付、菱田川など五つの河川の流入と南西から押し寄せる黒潮のため豊かな漁場となつており、このため湾内には鹿児島、宮崎両県で六つの漁協があり、湾内、湾口含めて年間一〇〇億円にものぼる水産高がある。魚種も多様で、魚法も大小の定置網、小型底曳、建網、サワラ、キスの刺網、タイ、イカのつりや串間市に多いカツオつりのほか副業的な採貝採藻などがある。特に宮崎県側は昭和四九年度から浅海開発事業として、三億六〇〇〇万円の事業費で湾内一里崎地先を中心に漁場を造成し、ハマチ養殖を実施してきているが、さらに昭和五四年度を初年度とする事業費三〇億円の浅海漁業開発事業五か年計画を実施するのをはじめ、クルマエビの放流、漁礁投入などの漁業振興策を実施している。
二百海里時代のもとで志布志湾のもつ重要性は明らかであり、沿岸一市六町の千四百余人の漁民もこの豊かな資源によつて生計を立てているのであるが、浅海の死滅はこれら漁民の生活を一挙に破壊する。
(2) 環境権若しくは人格権の侵害
すべて国民は生存権と幸福追求の権利を憲法上保障されているが、良好な自然環境は人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであるから、良好な環境を破壊されあるいは破壊されるおそれがある場合には、破壊を行う者に対してこれをやめさせる権利を有する。
ところで、志布志湾沿岸一帯は豊富な天然資源と美観、清澄な空気と水、静穏な環境に恵まれ志布志湾沿岸住民はその自然の恵沢を享受してきた。特に磯と砂浜は変化に富み、貝類、藻、磯ものなどが豊富で、沿岸漁民はもとより、遠く都城、霧島地域の住民にとつても、実益をかねた健康ないこいの場として愛されている。日曜や祝日には、数百人の人たちが車で乗りつけ、釣り、水泳等に興ずるのである。
こうした自然的価値と漁業資源、景観などをそなえている貴重な環境の破壊が住民の生活にとつてどれだけ痛手であるかはいまさら論ずるまでもない。しかるに、本件各処分は工事によつて浅海と海浜を消滅させ、残つた海を汚濁させ、悪臭、振動、騒音、排気ガス等で住宅環境を悪化させ、海上、陸上の災害の危険を招来するなど環境を全く破壊するものである。
4 以上のとおり本件各処分は違法であるから、原告らは被告に対し、本件各処分の取消を求める。
二 被告の本案前の主張及び請求原因に対する答弁
(本案前の主張)
原告らは、本件各処分の取消を求めるにつき、何ら法律上の利益を有しないから、行政事件訴訟法九条の規定に照らし、本件訴を提起する原告適格を欠くものである。よつて、本件訴はいずれも不適法であり、却下されるべきである。即ち、
1 行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、取消の訴を提起できる旨規定している。右の法律上の利益とは、当該行政処分の根拠法規がその者の利益を個別的具体的に保護するために行政権の行使を規制していると解される場合の利益であつて、単なる事実上の利益や反射的利益は含まないと解すべきである。
2 本件において、原告らが、侵害される権利あるいは利益として主張しているところを要約すると、
(一) 原告らのうち一部の者は、その所属する漁業協同組合が漁業権を有する公有水面において漁業を営む権利を有しているところ、埋立工事による周辺海域の懸濁等及び工事後の地形変化等により、水産生物の生息環境が悪化し、漁業への重大な支障が生じ、右原告らの漁業を営む権利が侵害される。
(二) 埋立工事によつて、志布志湾沿岸一帯の良好な自然的価値、豊富な漁業資源、美観を享受しうる原告らの人格権ないし環境権が侵害される。
というにある。
3 しかしながら、原告らが主張する権利あるいは利益は、仮に侵害されるとしても、本件各処分によつて直接侵害されるものではなく、本件各処分に後続する埋立工事による環境悪化、あるいは埋立後の環境悪化により侵害が予想される性格のものである。しかるところ、埋立による環境悪化の防止という利益は、本件各処分の根拠法規たる公有水面埋立法上、原告らのために個別的具体的に保護されているものではないから、いずれも法律上の利益を基礎づけるものではない。即ち、原告らのうちいずれの者がいずれの漁業協同組合に属しているかは、被告の知るところではないが、右原告らの所属する漁業協同組合の漁業権は本件埋立工事の施行区域内に存するのではない。右原告ら個人が有する漁業権行使権(漁業法八条一項)については反射的利益にすぎないとする判決例もあるが、要するに、右原告らの主張は近接海面の環境悪化による漁業被害を主張するものであるから、結局、右原告らに原告適格があるか否かは、公有水面埋立法四条一項二、三号が一定限度以上の環境悪化を受けないという利益を近接海面の漁業を営む者にも保障した規定かどうかということに帰着する。このことは、環境権侵害を理由とする附近住民らである原告らの原告適格についても同様にあてはまるところである。同法四条一項二、三号は埋立による附近の環境への影響を公益保持の観点から、一般的、抽象的に考慮すべきことを要求するものであり、原告ら個人のため個別的具体的に附近の環境への影響を考慮すべきことを要求するものではない。その反面、本件各処分は環境悪化について原告ら個人に対し受忍義務を課するものではないから、仮に埋立による環境被害により、原告ら主張の漁業を営む権利や財産権等が現実に侵害される場合には、それらを理由とする民事訴訟による埋立工事の差止請求等が考えられる。即ち、同法四条一項二号は「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」と規定するが、この規定は埋立の附近環境に及ぼす影響を一種の公益保持という見地から一般的、抽象的に審査することを要求したところの行政庁に対する行為規範にすぎない。つまり、右規定は環境保全の具体的基準を明示せず、一定水準以上の環境を保全しようとする行政目的達成のための公益保持条項であつて、附近住民に対して一定限度を超える環境悪化を受けないという利益を個別的具体的に保護したものと解することはできない。同法四条一項三号は「埋立地ノ用途ガ土地利用又ハ環境保全ニ関スル国又ハ地方公共団体(港湾局ヲ含ム)ノ法律ニ基ク計画ニ違背セザルコト」と規定しているが、同号にいう「土地利用……ニ関スル……計画」とは港湾法三条の三の港湾計画、都市計画法による都市計画区域の指定等をいい、「環境保全ニ関スル……計画」とは公害対策基本法九条あるいは一九条にいう基準ないし計画をいうと解しうる。本件で問題になるのは環境保全に関する計画であるが、これらの計画は公害防止上維持されることが望ましい基準であつて、行政の努力目標を定めるものである。このような環境保全に関する計画の法的性格からみても、公有水面埋立法四条一項三号の規定は一定限度以上の環境悪化を防止しようとする行政目的のための行政庁の行為規範、公益保持条項と解せざるを得ず、同号が附近住民に対して一定限度を超える環境悪化を受けないという利益を個別的具体的に保護したものと解することはできない。
(本案についての答弁)
1 請求原因1の事実のうち、原告らが志布志湾内で漁業を営んでいる者若しくは同湾沿岸に居住する住民であることは認めるが、その余は争う。
2 同2の事実は認める。
3(一)(1) 同3(一)(1)の事実のうち、埋立の免許及び承認を与えるための判定資料として、その願書に環境保全に関し講じる措置を記載した図書の添付を義務づけていることは認め、その余は争う。
(2) 同(2)の事実のうち、我国においては、未だ環境影響評価のための一般的な根拠法は制定されていないこと、埋立法、港湾法やそれらの施行規則においてもこのことに関する規定は存在しないことは認め、その余は争う。
(3)(イ) 同(3)(イ)の事実は争う。
(ロ) 同(ロ)の事実のうち、縦覧が鹿児島県港湾課、同県志布志港湾事務所及び志布志町役場において三週間行われたこと、中央公害対策審議会環境影響小委員会(正しくは、「中央公害対策審議会防止計画部会環境影響評価小委員会」である。)が中間報告した「環境影響評価の運用上の指針」があることは認め、その余は争う。なお、「環境影響評価の運用上の指針」から引用の文章は、脱落部分があるため、右指針の趣旨を的確に表現していない。
(ハ) 同(ハ)の事実は争う。
(ニ) 同(ニ)は争う。
(4) 同(4)の主張は争う。
(二)(1) 同(二)(1)の事実は認める。但し、志布志湾地域開発計画調査報告書で指摘しているとして引用の(イ)(ロ)(ハ)の文章は、右報告書から抜き書きしたものであり、その限りにおいて認めるが、右文章だけでは右報告書の趣旨を必ずしも的確に把えていない。
(2) 同(2)の主張は争う。
(三)(1) 同(三)(1)は認める。
(2) 同(2)のうち、苫小牧東部開発が、北海道政の「産業構造と社会生活構造の革新」を他地域に先がけて実現するとした「第三期道総合開発計画」の中心事業としてとりくまれ、一万三〇〇〇ヘクタールの重化学コンビナート、年間出荷額三兆三〇〇〇億円、雇用人員五万人をめざして広大な工業用地を確保したこと、青森県当局がおしすすめた、むつ小川原開発が五〇〇〇ヘクタール、新規雇用一万六〇〇〇人の大コンビナートをめざしたことは認め、苫小牧東部開発に対する投資額、苫東開発株式会社の借入金及び利子の額、苫小牧市の累積負債及び市民一人あたり負担額、むつ小川原開発会社の投資、金利の額は知らない、その余は争う。なお、通商産業省の調査によると、昭和五四年九月現在における全国の造成済及び造成中の工業団地のうち分譲中の工場用地は約八〇〇〇ヘクタールであり、これに同工業団地の未分譲分を含めると約二万五〇〇〇ヘクタールである。また、鹿児島臨海一号用地の石川島播磨重工業株式会社の立地については、既に、昭和五三年五月に土地引き渡しは完了しており、右企業から昭和五七年には工場建設に着手するとの申し入れが鹿児島県に対してなされている。
(3) 同(3)は争う。
なお、本件港湾計画が策定された背景は次に述べるとおりである。
大隅地域をはじめ九州東南部における流通拠点として位置づけられている志布志港は、昭和四四年に重要港湾として指定され、さらに昭和四七年に策定した同港湾計画等により外港地区の建設など港湾施設が逐次整備されてきたところであるが、近年における背後地の農畜林産物や建設資材等をはじめとする取扱貨物量の増大は著しく、また阪神と結ぶ長距離フェリーの就航等により、流通拠点港湾としての重要性もますます高まつている状況にある。これに対し、現在の港湾施設では貨物取扱能力に限界があり、また、長距離フェリーと外貿船との競合、本港地区における小型船舶の幅輳などの深刻な問題も生じている。本件港湾計画は、このような情勢や、今後の地域産業の一層の発展、長距離フェリーの輸送需要の増大、地域産業と密接な関連をもつ配合飼料供給体制の整備などに伴う輸送需要の大幅な増大に対応するため、おおむね昭和六〇年を目標年次として策定されたものであり、なかでも港湾施設の拡充整備及び工業用地の造成については地域の強い要請を踏まえて計画されたものである。
(4) 同(4)の主張は争う。
(四) 同(四)のうち、志布志湾一帯は国立公園に準ずるすぐれた自然の風景地として日南海岸国定公園に指定され国及び地方公共団体によつて自然環境保全の理念に基づいた保護と適正な利用が図られなければならないことになつていること、本件埋立は改訂された港湾計画に違背しないものであること、右改訂前の港湾区域内及び同港湾区域に隣接する同計画対象区域には前川河口にそつた白砂部分の国定公園特別地域部分が存在し、今回の改訂によつて包含されることになつた港湾区域内及び同港湾区域に隣接する同計画対象区域にも埋立後背地の特別地域が含まれており、これを合算すると二〇ヘクタールを越えること、埋立てられる海面は海岸から一キロメートルの範囲は国定公園普通地域であることは認め、その余は争う。
なお、自然公園法でいうところの自然公園は、公園指定権者(国定公園にあつては環境庁長官)が、対象地域の所有権等管理権を有していると否とに関わりなく特別地域、普通地域等の指定ができることから、自然公園の管理にあたつては風致景観の保護に努めるほか、関係者の所有権、鉱業権その他の財産権を尊重するとともに、国土の開発その他の公益との調整に留意しなければならないこととされているところ、同法一一条二項にいう「公園の解除又は区域の変更」は、自然公園区域内で行われる行為によつて自然公園の機能又は価値が消失し、自然公園として存続させることが困難な場合に適用されるものと解されるが、右の場合にあたらない工作物の新築等の行為が行われるときは、右行為の必要性、地域の風致景観に与える影響度等を勘案しながら、特別地域にあつては同法一七条に基づく許可を受けることで、また普通地域にあつては同法二〇条に基づき所定の事項を届出させることで対応しているのである。本件埋立の場合は次に述べるように、指定解除又は区域変更を行う必要のなかつた場合であり、したがつて、同法一七条三項に基づく許可を得て行われたものである。すなわち、本件埋立は、その大部分が自然公園法上自然保護の必要性が低いとされている普通地域(同法二〇条一項)で施行されること、また、周辺の自然環境との調和が図られるよう、埋立造成地の緑化及び埋立地背後(特別地域)の緑地帯の造成など積極的に緑化を進めることにより、公園の機能を高める措置が講じられていることなどから、国定公園の機能又は価値に重大な影響を及ぼすものではないと判断されるからである。
(五) 同(五)のうち、本件各処分が当該水面に近接する水域に漁業権を有する漁業協同組合の同意を経ていないこと、公有水面埋立法四条三項一号及び同法五条の条文に原告ら主張のような文言があることは認め、原告らのうち原告ら主張の者が各漁業協同組合に属し、各漁業協同組合が漁業権を有する志布志湾内の公有水面において共同漁業権行使規則に基づいて操業し生活の糧を得ているとの点は知らない、その余は争う。
(六)(1)(イ) 同(六)(1)(イ)のうち、本件埋立工事では、周辺海域の海産土砂七七六万三〇〇〇立方メートルを浚渫掘削し、埋立用材とし埋立地を造成することとなつていること、原告らが述べている懸濁作用に関する一般的理論が学説の一つとして存在することは認め、その余は争う。
(ロ) 同(ロ)のうち、一般に浅海は水産資源の再生産に必要欠くべからざる産卵場及び藻場であること、志布志湾は肝属川、菱田川などの河川の流入と南西から押し寄せる黒潮のため豊かな漁場となつていること、同湾内には鹿児島、宮崎両県で六つの漁協があること、魚種も多様で漁法も大小の定置網、小型底曳、建網、サワラ、キスの刺網、タイ、イカの釣りのほか副業的な採貝採藻などがあること、特に宮崎県側は昭和四九年度から浅海開発事業として、三億六〇〇〇万円の事業費で湾内一里崎地先を中心に漁場を造成し、ハマチ養殖を実施してきていること、さらに昭和五四年度を初年度とする事業費三〇億円の浅海漁場開発事業五か年計画を実施するのをはじめクルマエビの放流、魚礁投入などの漁業振興策を実施していることは認め、その余は争う。
(2) 同(2)のうち、すべて国民は生存権と幸福追求の権利を憲法上保障されていること、良好な自然環境は人間の健康で文化的な生活に必要であることは認め、その余は争う。
三 本案前の主張に対する原告らの反論
1 行政事件訴訟法九条所定の抗告訴訟の原告適格に関する「法律上の利益」とは、「法の保護に値する利益」と解すべきであるが、仮に右を「法律上保護された利益」と解したとしても、十分原告らの原告適格を基礎づけることができる。
本件埋立により失われる原告らの利益は、漁民たる原告らにとつては漁業という原告らの生活権そのものであり、漁協に所属していない原告らでも、民宿を営み、自ら魚介類を採取して客に提供している原告らにとつては同様である。このような生活権そのものに対する影響の少ない他の原告らにとつても、志布志湾は、日々食膳に乗せる新鮮な貝藻類の採取の場であり、一本釣りなど、免許漁業以外の自由漁業の場であり、レクリエーションその他精神的文化的な生活の上でも欠かせない場であつて、志布志湾から原告らが現に受けている諸々の生活利益の総和は、きわめて大きなものがあるのである。
2 公有水面埋立法四条一項二号は、沿革上周辺漁民及び住民に対する保護を少なくともその目的の一部に含むものと解されるべきであり、文言上も、無理なくそのように解釈される。同条は、公害反対の世論の盛り上りを背景として昭和四八年に追加されたものであり、その時期背景からいつて、埋立に伴う公害被害の防止は、四条の立法目的の中に当然含まれているものと解される。第七一回国会衆議院建設、地方行政、農林水産、運輸各委員会、公害対策並びに環境保全特別委委員会連合審査会議録(昭和四八年六月二三日)二四頁によれば、四条の趣旨について増満説明員は、
「四条の『環境保全』という中には当然重要なものとして漁場環境の保全が入つておるということでございます。それで、先ほどの『環境庁長官ノ意見ヲ求ムベシ』という場合には、当然漁場環境の問題がございますれば環境庁のほうから私どものほうにお話があり、その場合には水産庁の意見を十分反映するように申し上げたい、こういうふうに思つております。先生おつしやいますように、埋め立てが漁業に与えます影響は非常に大きなものがございますので、私どもとしましては、埋め立てについての漁業関係者の意見が十分に尊重されるように指導してまいりたいと思います。」
と述べて、漁業に対する影響が、四条一項二号の「環境保全」の中で配慮されること、つまり四条一項二号は、抽象的な環境保全だけではなく、漁業に対する影響への配慮をも含む趣旨であることを明確にしている。「災害防止」についても同様である。災害防止は、具体的な後背地住民との関係(距離、地形等)において具体的にしか考慮され得ないのであり、抽象的な公益のための「災害防止」に対する配慮などというものは、現実にはあり得ない。してみれば、同法四条一項二号の「災害防止」も、周辺住民に対する保護を目的とした規定だといわざるを得ないのである。
3 被告は、公有水面埋立法四条一項二、三号の趣旨を「埋立による附近の環境への影響を、公益保持の観点から、一般的、抽象的に考慮」すべきことを要求した「公益保持条項」にすぎないとする。しかし、一般的抽象的に附近の環境への影響を考慮するとは、概念として何を意味するのか全く不明である。周辺の環境への影響とは、具体的には、漁業に対する影響その他後背地住民の具体的利益を左右する具体的影響であり、「抽象的一般的」なものではあり得ない。このような個別的、具体的な諸影響を「総合的全体的」に評価するということはあり得るであろう。しかし、その場合の「総合」や「全体」の中には、明らかに個別的具体的なものが含まれざるを得ないのである。
現に、本件埋立免許に関連してなされた鹿児島県当局の環境影響評価書の中では、例えば、本件埋立が「漁業」という原告らの生活利益そのものにどのような影響を及ぼすかが、具体的に検討の対象となつている。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因事実のうち、原告らが志布志湾内で漁業を営んでいる者若しくは同湾沿岸に居住する住民であること、及び被告が昭和五五年六月一九日本件各処分をしたことは、当事者間に争いがない。
二そこで、まず原告らの原告適格について判断する。
1 行政事件訴訟法九条は、抗告訴訟の原告適格につき、「当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」と定めているところ、右にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものと解せられる。そして、右「法律上保護された利益」とは、当該行政処分の根拠となつた法規が、私人等の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障される利益であつて、他の目的の実現のため定められた法規によつてたまたま私人等が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである(最高裁判所昭和五三年三月一四日判決・民集三二巻二号二一一頁参照)。
ところで、一般に法律が対立する利益の調整として一方の利益のために他方の利益に制約を課する場合において、それが個々の利益主体間の利害の調整を図るというよりも、むしろ一方の利益が現在及び将来における不特定多数者の顕在的又は潜在的な利益の全体を包含するものであることからこれを個別的利益を超えた抽象的、一般的な公益としてとらえ、かかる公益保護の見地からこれと対立する他方の利益に制限を課したものとみられるときには、通常、当該公益に包含される不特定多数者の個々人に帰属する具体的利益は、直接的には右法律の保護する個別的利益としての地位を有せず、いわば右の一般的公益の保護を通じて附随的、反射的に保護される利益たる地位を有するにすぎず、このような利益の侵害を受けたにすぎない者は、法律上保護された利益を有する者に該当しないものと解される(最高裁判所昭和五七年九月九日判決・民集三六巻九号一六七九頁参照)。
したがつて、行政処分の取消訴訟を提起できる「法律上保護された利益」を有するか否かは、当該処分の根拠となつた法規が、当該利益を一般的、抽象的にではなく、個別的、具体的利益として保護しているか否かによつて決せられることとなる。
2 そこで、本件各処分の根拠となつた公有水面埋立法(以下「法」という。)が、個々人の個別的、具体的利益を保護する趣旨を含むか否かにつき検討する。
法は、公有水面の埋立免許の基準として、「その埋立が環境保全及び災害防止につき十分配慮せられたるものなること」(法四条一項二号)、「埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体(港務局を含む)の法律に基づく計画に違背せざること」(同項三号)と定め、原告らは、右規定を根拠に原告らが本件訴訟の原告適格を有する旨主張する。
しかし、右各規定がきわめて抽象的、一般的な定めをしているのに対し、法五条では公有水面に関し権利を有する者として、(1)法令により公有水面占有の許可を受けたる者(2)漁業権者又は入漁権者(3)法令により公有水面より引水をなし又は公有水面に排水をなす許可を受けたる者(4)慣習により公有水面より引水をなし又は公有水面に排水をなす者、と具体的に権利者を規定し、公有水面の埋立については右権利者の同意を要するものとし(法四条三項一号)、かつ、埋立の免許を受けた者は右権利者に対し、損害の補償又は損害防止の施設をなすべき旨定めており(法六条一項)、法には右以外に附近住民や漁民の利益を個別的、具体的に保護したものと解し得る規定は存しない。
右のような法の定めに照らして考えると、法は、公有水面の埋立によつて不特定多数者が受ける不利益のうち、法五条所定の権利者等が有する利益を保護すべき個人の個別的利益としているものの、法四条一項二、三号の規定は抽象的、一般的な公益の保護を目的として定めたものと解するのが相当であり、したがつて、法五条所定以外の附近住民や漁民が公有水面の埋立に関する行政処分によつて何らかの事実上の利益を侵害されることがあつたとしても、右利益は、取消訴訟の原告適格を基礎づける法律上保護された利益に該当しないものというべきである。
3 右見地に立つて本件をみるに、原告らは単に本件埋立区域の近くで漁業を営んでいる者若しくは同附近に居住する者というにすぎないから、本件各処分の取消を求める法律上の利益を有するものとは認め難い。
三よつて、原告らの本件訴えは、いずれも原告適格を欠く不適法なものであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(猪瀬俊雄 湯地紘一郎 天野登喜治)
埋立区域(一)、(二)<省略>